湯川潮音 / 湯川潮音

spiton2006-03-23


本当に大切に摘みあげられた、美しい花のようなレコードだ。日本を代表するベーシスト・湯川トーベンの愛娘である彼女が歌うのは、過酷な日常を生きる我々の生活に潜む、淡い10の物語である。一つひとつ丁寧に歌われる言葉に、ゆっくりと流れていくメロディ。一切の過剰な装飾を排したアコギを中心とするサウンドは、全てが彼女の歌声を引き立てるためだけにある。本作のプロデューサーは現代音楽家鈴木惣一朗James Iha。それだけでつまらないレコードになるはずもないのだが、実はそうした事実は蛇足でしかない。本作の本質はあくまで歌。逆を言えば歌以外、彼女が売りにするものはないということだ。そして、それは素晴らしいことである。所謂女性のシンガーソングライターというのは、UA然りCocco然り、どうしてもその内に潜む、内面的な付加価値を通して語られることが多い。この湯川潮音も偉大なる親の存在や豪華すぎるサポートメンバーといったポイントで語られることも、これからさらに増えてくるだろう。しかし、この作品にはそうした付加価値を蹴散らすことが出来るだけの、確固たるオリジナリティと内面に踏み込ませまいとする、ある種の健康性がある。そう、彼女の声は日々の癒しだ。下町で見かけた昼寝をする子猫。仕事に疲れ帰宅して、まず始めに飲む一杯のコーヒー。憂鬱な夜を包み込む、少しひんやりとした布団。休日の公園に響き渡る子供たちの歓声。このアルバムを聴いていると、そうした我々の日常の一コマが思い浮かんでくる。日々の生活を描写することの出来る、類稀な歌声の持ち主。音楽的にはフリーフォークと合唱の融合なんて言葉で語られているが、実に下らない。リスナー一人ひとりのリアリティで、この10の物語を楽しんで欲しい。


Best Track : #1 渡り鳥の3つのトラッド